【19日】中島さん: 参議院カーボンコピー論の検討

12月19日はジャッジとしてご参加だった中島有希大さんの記事です!

 

参議院カーボンコピー論の検討: 選挙制度の観点から

中島有希大 

 

1. はじめに

Debate Advent Calendar 2021 の 14 日目の記事となります。 一院制を論題として扱った 2021 年秋 JDA 及びその練習試合に筆者はジャッジとして呼んでい ただき、数試合フローを取りながら試合に参加した。議論の実験場としての JDA 大会はやはり面 白いディベートの試合をいくつも観戦できた。まずは全ての選手に対して、その努力と試合の内容 に称賛を送りたい。

ディベートの試合の判定は各審判の持つ事前知識は考慮に入れず、試合の中で出された議論のみ に基づいて判定が下される。この前提は尊重しつつも、筆者は日本政治、とりわけ選挙を専門に研 究をしていることから、論証についてやや思うところもあった。本日は 1 つだけ例を挙げながら、 どのようなことを議論として試合の中で提出するとより魅力的な議論にすることができたのかとい うことについて、一意見を述べたい。なお、前述の通り今大会はジャッジとしての参加であり、選 手として準備をしていないため、既にその議論は弱いと判断されたものであったり、文字数の関係 から省略をせずにはいられなかったりしたのかもしれない。コロナ禍のため、できなくなった居酒 屋談義を文字を通して行っていると思って気軽に読んでいただければ幸いである。書く側としても 実名で書きつつも気軽に書いているので将来決して、「中島 2021 より引用」などと試合内で読み上 げないでいただけるとありがたい。おそらく引用しやすい文章にはなっていないが。

今回は参議院カーボンコピー論について扱っていきたい。参議院衆議院カーボンコピー (Carbon Copy) であるというのは、参議院衆議院での決定を承認するだけの機関であるという ことを批判する文脈で使われる表現である。議論を検討する前にまずは日本の選挙制度を概観して いきたい。

 

2. 日本の選挙制度

日本ではご存じの通り、衆議院では小選挙区比例代表並立制参議院では選挙区及び比例代表制となっている。少し丁寧に検討していこう。小選挙区制は英語ではSingle-member district と表すことができ、1 つの選挙区に対して 1 人が当選する制度である。当選者が 1 人しかいないため、基本的に政党は 1人の候補者しか立てない。衆議院議員総選挙は政権選択の意味合いも強いことから人を選ぶよりも政党を選ぶ意味合いが強い。

衆議院比例代表は拘束名簿式いわゆるクローズドリスト方式となっており、政党があらかじめ順位を設定し有権者が直接選ぶことはできない。ただし、政党が完全にリストをコントロールしているわけではなく、多くの場合政党は小選挙区に立候補させた候補を比例代表でも重複して立候補させ、小選挙区で落選した候補の惜敗率によって比例代表制での当選者を決定する。どちらの場合にも直接有権者が候補者を選択することはできず、選択ができるのはあくまで政党である。参議院の場合は、選挙区制といっても 2 つの制度を内包した制度となっている。1 つは小選挙区制である。もう 1 つはいわゆる中選挙区制である。中選挙区は英語での表記がわかりやすい。英語で書くと Single Non-Transferable Vote(SNTV) である。この SNTV の制度下では当選者が複数いるのにも関わらず、移譲できない 1 票しか有権者は投票できない。日本で過ごしているとこれが当然のように感じるが、世界的にみるとこの制度を採用している国は珍しい。SNTV が大半を占める選挙制度下では、政党は 1 つの選挙区に対して複数の候補を立てなければ過半数を獲得できない。しかも 2 人の候補の得票を仲良くシェアすることはできないため、同じ政党内の候補者間でも争う必要が生まれる。そのため、SNTV は個人に対する投票の意味合いが大きくなる選挙制度であるといえる。

参議院比例代表制度は衆議院のそれとは異なっている。参議院比例代表制は非拘束名簿式いわゆるオープンリストとなっている。政党が予め用意したリストの中から候補者名を有権者は投票用紙に書くことができる。もし特定の投票したい候補者がいなければ政党名を書いても良い。近年制度が改正され、一部を拘束名簿式にする特定枠が導入された。ともあれ、候補者名を書くことができるという点で衆議院よりも候補者個人に焦点があてられた選挙制度であるといえるだろう。

長々とシーズンを終えたディベーターにとってはごく当たり前であろう制度について整理をしてきた。大切なのは、衆議院では候補者個人ではなく政党を選ぶ選挙となっており、参議院では候補者個人に対する投票に重きが置かれやすい選挙制度になっているということである。

3. カーボンコピー論の検討

さて、ここでやっとカーボンコピー論の検討に戻りたい。肯定側は、「参議院衆議院のカーボ ンコピーであるため、実質的に機能しておらず、決定の迅速化のために一院制とするべきである」 と主張する。一方で否定側は、「参議院衆議院と汲み取っている民意が異なっており、参議院に よって重要な修正が今までも多くなされてきた」と議論を展開する。この時に否定側で一般的に主 張されていた「参議院があることによって、より民意が汲み取れる」理由として挙げられていたの は選挙のタイミングであったように思われる。そうすると肯定側から「現在はインターネットの普 及により国民の意思が社会で一般化し国会の場で取り上げられるまでの時間は極端に短くなってい るため、参議院は不要である」という主張が強く効いてくる。

しかしながら、上述のように衆参の違いは民意を集約する時期の違いのみではない。そもそも選ばれている代表のタイプが違うのである。衆議院議員はより党による拘束が強く、参議院議員は個 人投票により当選している部分も大きいためより自由が効くと考えられる。そうすると衆参の違い は民意のタイミングなどとは別に国政に取り上げる内容の違い(ここでは国会内か政党内かは問わ ない)として表れてくる可能性がある。

さてこの理論上の想定は正しいのであろうか。建林 (2016) では興味深い研究結果を報告されて いる。この研究では、衆参の国会議員に加えて都道県議会議員に対してサーヴェイを行った。そ の結果を一部引用したい。

京都大学教授 建林正彦  2016 より引用

「また政治競争アリーナ・選挙制度変数については、全体サンプルについては、衆議院比例単独 組、参院小選挙区参院中選挙区参院比例区がいずれもプラスの係数を示している。参議院につ いてはいずれも予想通りの結果であり、参議院議員、特に中選挙区組や参院比例組はより強く、政 党マニフェストよりも自身の支持者や支持団体をより重視する傾向を持っていることがわかる。」 引用終わり。

(建林正彦 (2016) 「マルチレベルの政治競争アリーナにおける議員と政党」『公共選択』66, p26-48.)

衆議院小選挙区当選議員と比較して参議院議員は政党の決定よりも自身の主張や支持者の意見 をより重要視している傾向があることがこの分析の結果によって示されている。ただし、後続の文 章で理論的な予測とは異なり、衆議院の比例単独議員たちも政党中枢から自律的であることが示さ れているが、論文の著者は特定の支持団体と強く結びついた候補による影響ではないかと推測して いる。

試合の中で引用しやすいかは別にしてやはり、衆参では代表される民意が時期とは別に構造的に 異なることがわかる。そうすると参議院が国政に与える影響は衆議院とは異なるものであるという ことが予想される。参議院衆議院の完全なカーボンコピーであるかというとそうではなさそうで ある。これは仮にインターネットによって情報伝達の速度が速くなったとしても解消されない参議 院議員の特徴だといえるだろう。

4. インプリケーション

以上では、参議院カーボンコピー論について検討した。衆参の違いは選挙のタイミングだけではなく、選挙制度が異なることにより、代表者の性質が異なることが示された。代表者の性質が異なれば、代表者たちによって生み出されるアウトプットも必然的に異なることが予想される。ここから広くディベートに活かせると思われる点は 2 点ある。

1 点目は、何か現象を観察した時にはなぜなのかをきちんと考えることの重要性である。衆参での代表者に違いがあるのかといったときに、タイミングだけではなくその制度の構造的違いがもたらす影響について論じることができれば、多少の反論は追加の引用をせずに返すことができるだろう。この原因や構造に触れながら現象を説明することが冒頭で触れたより魅力的な議論に繋がると筆者は考えている。 

2 点目は、1 点目とも通じるところであるが、学問的背景は案外有用だということである。もちろんディベーターは多くの論文を読み、引用している。しかし、その時に学問的な背景がわかるとどんな論文がありそうか、なんとなく想像ができてくる。また、1 つ 1 つの論文だけでは見えてこなかった視点が見えてくることもある。

 

アカデミックディベートでは政治系の論題を扱うことも多い。ぜひディベートでより魅力的な議論をするためにも年末年始に政治学の教科書を 1 冊でよいので手に取ってみてはいかがでしょうか。
良い年末年始を。Enjoy!

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